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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)128号 判決

原告

(アメリカ国)

エイチ・エイチ・スコツト・インコーポレーテツド

右代表者

ビクター・エイチ・ポンパー

右訴訟代理人弁理士

古谷馨

被告

特許庁長官

三宅幸夫

右指定代理人

戸引正雄

外一名

主文

特許庁が昭和四七年四月一四日、同庁昭和四六年審判第六四八七号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、一九六五年(昭和四〇年)一二月一四日アメリカ合衆国にした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四一年一〇月一四日「信号混合及変換装置」という名称の発明(以下「本願発明」という。)につき特許を出願し、願書に特許法第四三条第一項所定の事項を記載したが、そのうちアメリカ合衆国でした出願の年月日を一九六五年一二月四日と誤記した。ところが、原告は、昭和四六年五月八日拒絶査定を受けたので、同年九月二日審判を請求した(昭和四六年審判第六四八七号)。特許庁は、同審判事件について昭和四七年四月一四日「本件審判請求は成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は、同年六月二八日原告に送達された(出訴期間として三箇月付加。)。

二  審決理由の要点

本件特許出願は、一九六五年(昭和四〇年)一二月四日アメリカ合衆国にした特許出願に基づく優先権を主張してなされたものであるが、アメリカ合衆国における出願の年月日を記載した特許法第四三条第二項所定の証明書が所定期間内に提出されなかつたため、優先権主張はその効力を失つたものである。

本願発明の要旨は、「(イ)電源電極、ドレイン電極、及びゲート電極を備え、且つ予め定められた領域に於て実質上二乗特性を有する如きフィールドエフェクト・トランジスタ(ロ)該フィールドエフェクト・トランジスタに於て混合されるところの、前記の電圧領域内に収まる如きピーク・ピーク電圧を有する一対の交流電圧を夫々に加えるための一対の入力回路及び(ハ)前記ドレイン電極に接続された前記の混合操作の結果を抽出するための出力回路の組合わせとして構成される信号混合装置。」である。

ところで、WIRELESS WORLD七二(七)(一九六六年七月発行)の第三五七ページに記載されたFIG一とその説明(以下、これを「引用例」という。)には「(a)ソース電極、ドレイン電極、及びゲート電極を備え、二乗特性を有する(引用例第三五八ぺージ左第一二―一三行目参照)如きフィールドエフエクト・トランジスタ(b)該フィールドエフエクト・トランジスタに於て混合されるところの、一対の交流電圧をともにゲート電極に加えるための一対の入力回路及び(c)前記ドレイン電極に接続された前記の混合操作の結果を抽出するための出力回路の組合わせとして構成される信号混合装置。」が示されていることが認められる。〈中略〉したがつて、本願発明は、引用例の記載及び周知技術から容易に推考しうる程度のものと認められる。

なお、上記①、②に対応する回路構成は、電界効果トランジスタと特性の点で良く類似している真空管を用いた信号混合装置においては、すでに周知(例えば、昭和三八年一月二五日、丸善株式会社発行の「電子回路ハンドブック」第二三六ページ、昭和三五年一一月一日、近代科学社発行の「半導体ハンドブック」岡村・竹谷第四七五―四七六ページ参照)であるから、真空管を用いた信号混合装置の真空管の代りに上記引用例に示された電界効果トランジスタを用いることによつても、当業者の容易に推考できる程度のことと認められ、この点からも、本願発明は、特許要件を有しないものと認められる。したがつて、本願発明は、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。〈後略〉

理由

一、特許庁における手続の経緯(原告が、一九六五年一二月一四日アメリカ合衆国でした出願に基づく優先権を主張して特許出願をしたが、その主張のさい、アメリカ合衆国での出願を誤つて一九六五年一二月四日と記載した旨の主張事実を除く。)および審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二、原告は、本件特許出願について主張した優先権は、一九六五年(昭和四〇年)一二月一四日アメリカ合衆国にした特許出願に基づくものであつて、原告が特許法第四三条第一項所定の事項を本件願書に記載した際アメリカ合衆国にした出願年月日を一九六五年一二月四日と記載したのは明白な誤記である旨主張し、被告は、原告が主張した優先権は、本件願書に記載されたとおり一九六五年一二月四日アメリカ合衆国にした特許出願に基づくものである旨主張する。原告が本件特許出願と同時に特許庁長官にアメリカ合衆国特許局長官作成のその主張のごとき記載内容の優先権証明書を提出した事実は、被告も認めて争わない。この当事者間に争いのない優先権証明書の記載および成立に争いのない甲第一号証の三によれば、本件願書に記載されたアメリカ合衆国出願と優先権証明書に記載された同国出願とは、出願の日付が一字異なる以外は、国名、出願番号において全く同一であることが認められるから、両出願が同一の出願であることは、一見して明らかに看取することができる。そして、このような場合には、両書面の性質を対比すれば、本件願書に記載された出願日付である一九六五年一二月四日は、明らかに同年一二月一四日の誤記であると認定するのが相当である。

ところで、優先権の主張は、そのもたらす効果の第三者に及ぼす影響が大であることにかんがみ、その主張の効力を判断するに当つては、特許法第四三条第一項によつて要求された書面についての記載は厳格に解釈すべきであることは勿論である。しかしながら、前記認定のごとく第一国出願日の日付の記載が明らかな誤記と認められる場合には、法律に特段の規定がなくとも、出願人は申立により誤記の訂正をなすことが許されて然るべきである。さらに、誤記の訂正がなされなかつた場合においても、審査官ならびに審判官は、真正な日付と認められるところに従つて、優先権主張の効力について判断すべきである。

三、してみれば、前叙のごとく、本件優先権の主張は、一九六五年一二月一四日アメリカ合衆国に出願された特許出願に基づくものと認めるべきであり、原告が本件出願と同時に特許庁長官へその主張のごとき優先権証明書を提出したという当事者間に争いのない事実によれば、特許法第四三条第三項所定の優先権証明書の提出が所定期間内に特許庁長官宛に提出されていることになるから、原告の本件優先権の主張は、その効力を失つたものとすることはできない。それゆえ、原告の本件優先権の主張が優先権証明書の提出がないためその効力を失つたとして、アメリカ合衆国における出願日たる一九六五年一二月一四日の後である一九六六年七月に頒布された引用例(引用例の刊行年月については、当事者間に争いがない。)の記載より本願発明が当事者において容易にすることができたとした本件審決は、違法であることが明らかである。

四、よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(古関敏正 瀧川叡一 宇野栄一郎)

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